SirenとHuman

「鱗がないとかありえない!」
Sirenの彼女、ディプロマティは波打ち際でそう言う。Siren、又はMermaid等と呼称される彼女らの間では下半身が魚であることが重要なのである。尤も、彼女は下半身が魚とは程遠く二本の足が生えており、体に少しだけ鱗があしらわれている程度であるが。実際には下半身が魚であるSirenはごくわずかの上流階級に位置する王族や貴族のみであり、そのほかは僅かの鱗がついているのみである。しかし、その僅かの鱗が彼らの人生を大きく左右する。
「ええ、ええ、下劣な人魚。そうですか。私はあなた方のことなど眼中にありません、仕方なくここに来ているのです。口を慎みなさい、さもなくば鱗をすべてはがして差し上げましょう」
Humanの彼はそう言う。彼の三本目と四本目の腕はいら立ちを表すようにせわしなく動いており、六つの黒い目は彼女を鋭く睨んでいる。
Humanの間ではメルクリウス派と呼称される〝我々は母なる海、つまりはSirenを祖先とする〟のが一般的な考えであるが彼は違う。彼、クワイエットは〝栄光グローリア〟をいわゆる神として〝我々は同じ瞬間にグローリアによって生み出された〟という考えを持つソール派に属している。よって彼はSirenたちのことは敬ってなどいないし、むしろ傲慢な彼らを迂愚うぐな者たちと考えている。
「あらあら、怖い人ね」
「その調子で我々を対等な存在として見ていただけると幸いです」
「うふふ、面白いわね!」
「まあ、こんな事はどうでもいいことで。本日はレークス様とレギーナ様の代わりに参りました。技術交流会について、考えてはいただけましたか?」
ディプロマティは如何にも愉快そうに目を細める。
「私たちの考えは変わらないわよ。カガク? って言うんだっけ? そんな野蛮なものに触れたら私たちの華麗な鱗が錆びちゃうわよ」
「科学、特に自然科学は我々の最大の武器であり最も偉大な発見だと考えている。それを馬鹿にするとは……」
彼女の言葉一つ一つに彼は大いに噴悶する。レークスとレギーナ。二人のHumanは王と王妃と呼ばれ、グローリアの分身だとされている。グローリア――触れたものはその強大さに耐え切れず爆散するほどの超自然的高エネルギー存在と考えられているそれの分身。一般的なHumanとは違い破壊不可能かつ不老不死の肉体を持っており、はるか昔からHumanの頂点に君臨している。グローリアを中心とした〝科学〟を根本的な考えとし栄えているHumanのソール派としては科学を侮辱されるのは耐え難い屈辱である。
それに対してSirenは超自然的な力で栄えている。ソール派たちはそれを〝魔法〟と呼んでいる。今回は好奇心旺盛なレークスの、科学と魔法が触れ合うその時、宇宙の真理に近づけるのではないかというちょっとした考えでSirenの外交担当であるディプロマティとレークスの部下であるクワイエットがこうして対面しているのである。しかし二人とも自分の考えを曲げない性のため、話は簡単に決裂してしまったが。
「とてもとても残念です! レークス様とレギーナ様になんとご報告すればよいか!」
クワイエットはくしゃっと顔を歪め舌打ちをした後、白くきらきら光る砂浜の砂を蹴とばし踵を返した。
「はぁ~い! 殺されないといいわね!」
ディプロマティは幼いいたずらっ子の様な、又は悪魔の様にも見える笑みを浮かべた後、白銀の髪をなびかせて大海原へ優雅に泳いでいった。