王妃、正義

レギーナ、王妃という意味を持つ名前の彼女は自室のベランダの手すりにもたれかかり、エメラルド色の瞳でSirenたちが暮らす海を眺めていた。潮風は薄く褐色がかったシルクのような肌を撫で、二つに結わえた銀灰色の髪をふわりとなびかせる。髪飾りとして好んで着けている王冠を模したアクセサリーは、彼女の髪を彩る。
そこに部屋とベランダを仕切るドアをそっと開き、彼女に話しかける存在――彼女に仕えるヒューマノイドロボットのメイド、〝アイン〟が姿を現した。ヒューマノイドと言っても一般的なHumanとは異なった姿をしており、通常より多い六本の腕を持ち、目はわずか一つしかない。このような姿かたちをしている理由は、それと同じようにレギーナに仕えている研究者にある。その研究者、名は〝シュレッケン〟という。彼女はもとは〝ゲレティヒカイト〟と呼ばれるペアの殺し屋の一人、または狂科学者マッドサイエンティストとして恐れられていた。彼女は機械工学が専門であり、その知識を使ってレークスが作ったアインを改造したというわけだ。彼女曰く、「腕を増やしたのはそのほうが便利だから、目を減らしたのは僕が作ったカメラの性能であればヒューマノイドロボットには一つで十分だから」とのことだ。

ゲレティヒカイトは住人のほとんどが裏社会に通じているHuman Streetと呼ばれる通りで生まれ育った二人のHumanである。殺人、薬物、違法な医療行為、人身売買、食人――そこに根差す闇を上げればキリがない。片割れのシュレッケンはそこで殺し屋、及びその肉を提供することで生計を立ててきた。彼女の殺しの手段、それは愛用のロケットランチャーである。おそらく多くのHumanが一人では扱えない武器であるが、彼女は幼いころから伊達にHuman Streetで生き延びてきたわけではない。また、彼女は極めて身体が大きく、身長は二メートル三十センチにも上る。その身体を巧みに操り、仕事を遂行する。もう一人の名前は〝ギフト〟、彼女はシュレッケンと対照的に小柄であり、力も弱い。しかし、薬学に精通しており、人心掌握が非常に得意である。その対象はレークスやレギーナも例外ではなく、ゲレティヒカイトは〝上り詰めたい〟という理由から二人とも、言葉巧みにレギーナの近くへ潜り込んだ。しかしレギーナを殺すなどもってのほか、彼女らはこれ以上問題を起こしてこの生活を手放すつもりはない――今のところは。
彼女らは今、レギーナの下で研究者、ボディガードとして働いている。しかしレークスを始めとする、他の者たちとの接触は基本的に禁止されている。彼女らが働き始めたばかりの頃、シュレッケンがクワイエットと考え方の違いを始めとする大喧嘩を起こし、彼に大けがを負わせた挙句、城の中でロケットランチャーを乱射したせいで建物に大きな損害を与えたからだ。ギフトのおかげでなんとかシュレッケンは解雇されるのを免れた。レークスは闇の住人であった彼女らを自らの監視下へ置きたいと考えているが、クワイエットによって接触は禁止され、送り込んだロボットも改造される始末だ。

「レギーナ サマ。チュウショク ノ ジュンビ ガ トトノイマシタ」
開かれたアインの口からガサガサした如何にも機械、というような合成音声が流れる。それの赤い|単眼《モノアイ》は単眼用眼鏡越しにレギーナのことを見つめ、おさげにした髪が微かに揺れる。レギーナはそれのほうを振り向き、ゆっくり瞬きをした後、微笑んだ。
「アイン。いつもありがとう」
彼女はこちら側に身体を向け、テーブルの傍の椅子へ向け歩みを進める。
アインは細かくつなぎ目の入った腕を器用に動かし、レギーナがついたテーブルへ食事を運ぶ。そこでレギーナは不思議そうに首をかしげる。
「あれ? シュレッケンとギフトはいないの?」
「オフタリ ハ ツヴァイ タチ ノ メンテナンス デ イソガシイ ヨウデス」
「あらそうなの。あんまり根を詰めすぎないように言っておいてね」
「ワカリマシタ」
アインはうなずき、その後、ゆっくりと口を開く。
「ソレニシテモ レギーナ サマ ハ ウミ ガ オスキ ナノデスカ?」
レギーナは少し驚いたように目を開いた後、ゆっくりと目を閉じた。
「最近、少し気になる夢を見るの。私はレークスと一緒にいて、透明な透き通ったガラスの迷路のような場所にいる。そこで私たちの友人だと確信があるAngelsとSirenらしき影がある。そして二つの影は目の前で消えて、そのまま戻ってこない。なんか……いやな予感がする夢なの」
暗い表情を見せるレギーナに対して、アインはにっこりと笑顔の形に表情を整える。
「ダイジョウブ デス。ワタシ ハ ツヨイ デス。ナニカ アッテモ コワレル マデ タタカッテ ミセマス。」
「ありがとう……」