遠い昔、最初の記憶。目の前の景色、迷路のように入り組んだガラスと群青色の海が合わさり、複雑に乱反射して輝いて見える。息を止め、水をかき分けて必死に泳ぐ。前方にはAngelsらしき影が二つ、何故かは分からないが私の友人という確信がある。一人は片方の翼をもぎ取られ、翼は一枚しか生えておらず、もう一枚が生えていたであろう場所からは出血し、その血が水中に煙のように立ち上っている。もう一人は下半身が魚、つまりSiren、その中でも高貴なそれの姿かたちをしていた。そろそろ息が苦しくなってきた頃、目の前に一つの箱が現れる。その箱を開ける。中には黄金で彩られた杖が入っており、先に四つの顔が付いていて、柄の部分に蛇が巻きついたような装飾が施されている。アスクレピオスの杖が出た、そんな声が聞こえた。アスクレピオス――Humanの間では〝神話〟と呼ばれ、神々や人間、怪物などが織りなす物語に出てくる医者の名前。卓越した技術で死者をも蘇らせるに至ったが、そのことが神の怒りにふれ殺されてしまったという。このアスクレピオスが持っていたのが蛇の巻き付いていた杖だという。あの二人はどうだろう。そう思い視線を上に向けるとガラス一枚を隔てた先にSirenの見た目をした彼女がいた。彼女の手には卵型のフラスコが握られており、中には銀色の液体と黄色の鉱石が入っている。彼女は不思議そうにそのフラスコを傾けている。あの時は何もわからなかったが、今ならわかる。これは〝哲学者の卵〟と呼ばれている、錬金術というものに使われる道具だ。錬金術、Sirenたちの間で発達している技術。最初はどんな病気も直す薬を作ることを目的に始まったと言われている。それらはまだ作られておらず、完全な技術とは言えないが最近は目覚ましい発展を遂げており、生命体を作ることにも成功しているようだ。しかし、それらの深い技術は一般大衆には伝えられず、ましてや違う種族である我々も詳しいことはわからない。
次は視線を左に移す。片翼の彼は真っ白の木の箱を覗き込んだ後、銀色の棒が十字型に組み合わさっているモチーフが付いたペンダントを首にかけた。その後、黄色がかった乳白色の石の様なものが入った小瓶と、私が今手にしている杖と同じもの、つまり金で装飾が施され、中にはおそらく水が入っている小瓶をとりだした。刹那、彼は目を閉じ、光に包まれ、私は二度とその姿を見ていない。彼を包んだ光は、多くの羽のようにも見えた。十字型のモチーフ……あれはAngelsたちがよく好んでつけているアクセサリーでよく見る。Angelsたちのことはほぼわからない。ウラヌス派と接触を試みたこともあるが、予想どおり歓迎もされず有用な情報も得られなかった。メルクリウス派はもってのほか、私と最も密接な関係を持っているソール派の間でもAngelsの情報は取るに足らない噂程度のものしかない。そこでウラヌス派に望みをかけたのだが。彼らにもAngelsを研究するような学問もあったが期待通りのものではなかった。
Sirenに関しては、SirenとHumanの間にできた子供、Cantusと呼ばれる存在もいるし、Angelsよりは我々に近い存在なのでこれから情報が入ってくることに期待しよう。しかしかれらのことで引っかかることがある。それはCantusがある年以降に生まれていることである。このことを考えると酷い頭痛がし、頭がひどくぼんやりとする。しかもこのことに今まで気が付かなかった。
AngelsとHumanのあいだにできた子供はいない。
記憶にある彼らは名前こそ憶えていないが、私の大切な友人であるという確信がある。証拠は何もないが。
彼らに会いたい。